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遠賀川ボランティア清掃の会1

2020年03月01日
遠賀川ボランティア清掃の会
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清掃ボランティアを始めたきっかけ

2001年、ホームページの取材で福岡県中間市遠賀川河川敷を訪れた際、余りにもゴミが多く、行政(国交省遠賀川河川事務所)に問い合わせたところ、定期的な清掃はしていないとのことでした。

中間市遠賀川河川敷未舗装の広場の写真
2003年1月

今までも幾度となく河川敷には来ていたのですが、そういう目で見ないとゴミに気が付かないということにも、初めて気が付きました。

ゴミの状況を見て、行政には誰もが意見を言い、やかましく苦情も言う。以前の私もそうでした。行政にやかましく言うということは誰でも出来ることです。行政に苦情を言うのも間違いではなく正論ですが、汚いと思う者自ら清掃をしても間違いではありません。これが清掃ボランティアを始めたきっかけでした。

人は無関心

2001年2月、ゴミ拾いを始めたわけですが、最初は恥ずかしく、顔を真っ赤にして拾っていました。中間市遠賀川河川敷のジャリを敷き詰めた広場(上の画像)でゴミ拾いを始めたのですが、車中からゴミ拾いを見られているのではと思うと、なぜか恥ずかしく、いつのまにか顔は真っ赤になっていました。ふと、車の方を見ると、車中の人はこちらにはまったくの無関心。

「なんだ、こちらが気にするほど、人はゴミ拾いをしている者にも(ゴミにも)無関心なんだ。」と気づいてからは肩から力が抜けたというか、気楽にどこでもできるようになりました。人は平気で周りの目は気にせずゴミをポイ捨てするのに、それをボランティアで拾おうとすると周りの目が気になり勇気がいる。本当に不思議な話です。

当初はゴミ袋を購入して何もかも一緒に回収して、そのゴミ袋を河川敷に集積していました。

何もかも回収した袋の写真
2002年2月

当時は河川敷でゴミを定期的に清掃をして、燃やしている方がおられたので、そうしたのですが、ゴミの焼却も禁止となり(もともと河川敷では禁止ではありました。)、2002年4月より、中間市からボランティア用ゴミ袋を受給、分別回収、自宅に持ち帰り、家庭ゴミの回収日に家庭ゴミと一緒に出すという現在の形ができあがりました。ゴミを出して一連の清掃ボランティアが終了となります。

登校時ゴミだしの事務局長の写真
2004年11月

日本一小さなボランティア団体の誕生

ゴミ拾いを続けて行くうちに、みなさんに、「誰でも出来るボランティア」、「一人でもできるボランティア」、「一家族一ボランティア」、などと報告する場がないどころか、個人がネット上でボランティアとして登録する場もないことに気づきました。

それでは団体でということで親子3人での日本一小さなボランティア団体が、ゴミ拾いを始めて2年後の2003年2月に誕生しました。私が代表、家内が副会長、当時保育園児の長男が事務局長と3人だけのボランティア団体のスタートです。

親子でゴミ拾いの様子
2003年5月

団体としてまず、「ふくおかボランティアネット」に登録しました。そのふくおかボランティアネットの助成金情報のページに「セブンイレブン緑の基金」の募集があり、ゴミを運ぶ軽トラックの購入で申請しました。

電話でのヒヤリングがあり、「なにもあなた達がゴミを運ばなくてもいいのでは、それは行政の仕事では」と信じられない言葉。

あらゆる分野で行政がその仕事を全うしてくれるならば、われわれボランティアは必要ありません。行政が細部まで行き渡らないからボランティアが必要なのだと考える私には、まことに残念な言葉でした。

もちろん、申請は却下。しかし、担当の職員の方も当会の活動になにか思うものがあったのでしょうか、金銭の助成はできないが、物品助成ならできるがどうかと打診があり、私たちもそれを有り難く受け、ゴミ袋と軍手を受給しました。

セブンイレブン緑の基金からのゴミ袋と軍手の写真
2002年2月
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遠太
Author: 遠太
九州は福岡県中間市で環境保全や地域に関するボランティア活動中。
できる時にできる範囲で。そこには、ノルマも強制も義務もありません。

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